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大阪家庭裁判所堺支部 昭和52年(少ハ)2号

少年 S・N(昭三二・四・一七生)

主文

本人を昭和五三年二月二一日まで医療少年院に継続して収容する。

理由

第一本件申立の要旨

(一)  本人は、昭和五一年六月二二日大阪家庭裁判所堺支部において、窃盗非行ならびに精神の著しい故障により医療少年院送致決定を受け、同日から京都医療少年院において矯正教育ならびに医療を受けており、昭和五二年四月一六日満二〇歳に達したので少年院法一一条一項但書による同少年院長の収容継続決定が行なわれたが、同年六月二一日その期間が満了となる。

(二)  本人は、同少年院に入院後に精神分裂病と診断され、投薬治療を平行して矯正教育を施されている。その間本人は、日課拒否の反則により謹慎三日の懲戒処分を受けたものの、昭和五二年三月一日に処遇段階一級下に進級したのに、同日指導無視と器物破棄の各反則により同月五日謹慎五日減点一五点の処分を受け、心情やや不安定の状況にあつた。それから本人は、同年四月一八日に逃走未遂の反則を犯し、翌一九日自殺未遂の事故を起し、同月二一日に謹慎二〇日、〇点までの減点処分を受け、処遇段階三級下に降級となつた。その後本人は、反則を犯していないが、要注意の生活を続けている。

(三)  本人の上記収容継続期間が同年六月二一日満了となるので、当院の処遇審査会は、同年五月一八日に本人の入院後の経過ならびに精神科医の意見に基づいて、病気が非行につながるために精神病院入院の措置をとつて、期間満了日に出院させるのが相当である、との結論に達した。

(四)  そのため同少年院は、その旨を保護者の母親S・Y子に通知し、その内諾を得た。それで同少年院は、本人の家庭が母子家庭であるため、精神病院入院費の減免、援助等の福祉的措置について○○○福祉事務所と九回にわたり接衝を重ねたが、同年六月一八日に同福祉事務所から、福祉措置については保護者ならびに家族の収入等から同措置の適用が不能であり、また本人を帰住させることについては家庭崩壊を招きかねない、との回答を得た。

上記のとおり本人の出院後の福祉措置は不可能であり、本人の母親は公的福祉措置にのみ依存して入院治療費の支出を渋つているため、本人の受入体勢は不良ということになる。そのうえ家出常習者で放浪性があり、心情不安定で病気に基づく犯罪的傾向が除去されていない本人をこのまま出院させることは、本人の健全な育成を期するゆえんではない。そのため今後も本人に医療と矯正教育を行なう必要があるので、期間満了の日から八か月の収容を継続するため、本申請に及ぶ。

第二当裁判所の判断

当裁判所調査官○○○○作成の各調査報告書の記載、京都医療少年院分類課長○○○○の供述ならびに本人の供述によると、上記第一(一)ないし(四)の各事実が認められ、さらに上記各証拠により次の各事実を認めることができる。

(一)  本人は、再度の医療少年院送致を受けており、物事について一応の判断ができるのに病気の意識が全くなく、その場の気分に左右され絶えず意思が変り、それが自己中心的行動に移りやすいため上記反則行為を犯したことになり、要注意の生活であるといえる。

(二)  また本人は、院内における同僚との関係など社会性という面でいくぶん向上してきているが、将来一般社会における正常な社会的行動に参加できるまでには至つていない。

(三)  本人の家庭は母親に遺族年金、兄や弟にも収入があるため、福祉事務所においては、本人が出院しても家庭から精神病院へ通院するのでなければ、福祉的援助ができない扱いである。

(四)  本人を家庭から精神病院に通院させるには、○○○福祉事務所がいうとおり現在の家庭内の主観的環境がいたつて劣悪である。

(五)  そのうえ母親は、公的措置に頼るだけで、本人の精神病院入院費等を出費してまで本人の出院を希望していない。

(六)  そうすると本人は、現在のところ一応落着きをみせているが、これは少年院という施設の中で投薬治療中の矯正指導が行なわれているからであつて、家庭に帰住して精神病院に通院するようになれば、一般社会で行動するには病気からくる不適応行動から犯罪的傾向に向うもろさが残存している。

(七)  本人には、今後同少年院において医療と矯正教育を行なうことによつて、上記の犯罪的傾向が軽減される見込なしということはできない。

従つて、今後本人の引取りにつき母親をはじめ家族間の帰住環境の調整を行なうとともに、医療と矯正教育により本人の犯罪的傾向を除去するため、本人を相当期間医療少年院に継続して収容する必要があるものと考える。その期間について考察すると、あまり長期の収容継続は、院内の規範に重みを感じている本人に衝撃を与えることになるので八か月が適当であるとする同少年院の意見は相当である。そこで本人を昭和五三年二月二一日まで医療少年院に収容を継続することとする。

よつて少年院法一一条により、主文のとおり決定する。

(裁判官 市原忠厚)

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